リミッターを外す
8月19日(木)のNHKプロフェッショナルの流儀「荒ぶる魂、覚悟の舞台へ」で
脳科学者・茂木健一郎司会で、「市川海老蔵」が人生を語っていました。

十代では反発していた人生が、二十代のころ十一代市川団十郎の武蔵坊弁慶を見て驚愕し、
浴びるように飲んでいた酒も控えめになり、煙草もやめて芸一筋の人生になりました。

新作の歌舞伎で、公演5日まえに台詞が渡されるような場面でも、273もの台詞を
一回読んだだけで覚えられるようになったそうです。

その覚え方は「自分を追い込んで・・・何もしない。」のです。

「そして最後にリミッターを外して、台詞を読むと、入ってくる。」と語りました。


「追い込むのは、他人が追い込むのですか?」と茂木氏が聞くと、
「他人のことは、一切気にしたことがありません。」と答えました。

他人とは「評論家」です。
演じる人とは別のもので、責任も何もありません。
そのような人の意見を聞いていたら・・・・。

歌舞伎の歴史を継ぐ者としての自覚が、コトバの端々ににじみ出ていました。
もはや個人ではなく、サラブレッドの血の伝承を見ているようでした。

密教でも、個人意識から・・・宇宙意識の存在へ、自己の意識を向上させていくとき、
制限させてしまうものが、常識です。

このリミッターを外すために、過酷な行(滝行・山駆け)が求められるのでしょう!!

でも一旦・・・外れると分かれば、何度も外す必要はありません。
リミッターがあることを認識することが、苦行の目的だったのですから。


歌舞伎も人生も同じです。

評論家(他人)の意見が参考になるのでしょうか?
意見を聞きすぎて、自分の判断を失いたくないですね。

ここでいうリミッターが常識という思考の檻になります。
これが・・・あなたの成長を妨げる煩悩なのです。

あなたの考えていること(リミッター)は、誰かのコトバなのですから!!

本来の私は、神(万能)である私なのです。


          

TV番組で気になった「市川海老蔵」の本が手に入りました。
タイトルは「市川海老蔵・眼に見えない大切なもの」:講談社

帯には=彼らは何で大天才?=・・石川五右衛門:レオナルド・ダ・ヴィンチ:空海:木村秋則・・・・。
脳科学者・茂木健一郎氏との対談集。

茂木:そういえばシルク・ド・ソレイユの「コルテオ」の監督が、観客の数千の眼は、
    巨大な龍のようだったと言っていましたよ。

   その龍と自分のからだが同じくらいの大きさに感じられるようでないと、
   いいパフォーマンスは出来ないって。

海老蔵:龍か?茂木さんは龍をどう理解していますか?ボク、凄く興味があるんだけど。

茂木:世界で初めて無農薬・無肥料でのりんごの栽培をした木村秋則さんは、
    高校生のときに龍を見たというんです。

    龍に何かを言われたらしいんだけど、60歳を過ぎた今でも
    その言葉は誰にも言ってはいけないんだって。

海老蔵:僕も龍を見たんです!
     おかしな人と思われそうなのであまり言いたくないんだけど、確かに見ました。
     3年ぐらい前です。白昼、凄く大きかった。

茂木:いいな〜。周囲からはヘンと思われるような何かを信じている人って、
    偉人にはケッコウいるんですよ。プラトンにしてもニュートンにしても、ヘンなことを信じていたんです。

    それをどれくらい真面目にとらえて、その後の人生に生かせるかが重要なんだけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・・・・・・

茂木:今日話してきたことって、どれも眼に見えないものをどれくらいまじめに考えるかってことに
    繋がっていると思うんです。
    ・・・点数で表わせないものを、どれくらい本気で信じられるかってことなんだよね。

海老蔵:眼に見えるものって、たかが知れてませんか?

茂木:知れてますよ。でも現代の文明はそれで出来ている。

海老蔵:だからダメなんじゃないですか?

茂木:ああ、俺も猛烈に龍を見たくなってきた。追い詰められないとダメなのかな?
    どうしたら見られると思います?

海老蔵:死にかけることじゃないですか?

     千日回峰をやった人も、断食状態で山を駆け巡っていると同じ場所で
     「ありえないものが」見えることがあるといっていましたよ。

海老蔵:俺、こんなチャライ感じですけど、成田山にこもって修行したりしてるんです。
     滝に打たれたり、五体投地とか、経験させていただいてますから。

茂木:そうか龍を見る素地はできていたんだ。

海老蔵:ボクも大峯山にもう一度行こうかと思っているんです。
     もう少し精神の鍛錬が出来たら行きたいんです。

     いや、やっぱり絶対に行こう!!
     今日この話が出たのは絶対に縁(メッセージ)だな。

茂木:一緒に行く?

海老蔵:ダメですよ。話しかける相手がいたらダメ。
     修行って孤独でなければ何の意味もない。団体行動ほど人の心を弱くするものはない。
     ぜひ、一人で行ってみてください。

奥多摩の武蔵御岳神社では毎年6月と9月に峰中修行を開催しています。

滝行には気合を入れるコトバが使われますが、山駆けは無言で歩くことが求められます。(宗峰)


六本木の森美術館でレオナルド・ダ・ヴィンチの解剖図を指して海老蔵は一言
「これください!!」と、とんでもないことを言い出した。

茂木:突然どうしたの?

海老蔵:自分への戒めとして部屋に飾りたいんです。
     疲れてくると探究心を忘れそうになるじゃないですか。
     そういうときの戒めに、すさまじい探究心を持っていたであろう人を見るようにしているんです。

     以前はアインシュタイン・ピカソ・織田信長の肖像画を飾っていたんですが、
     いま残っているのはアインシュタインと弘法大師・空海だけです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

大栗:あなたの奥さん麻央(マオ)さんというのでしょ。空海さんの幼名も真魚(マオ)。
    あなたは空海さんと縁があるんじゃないですか?

海老蔵:初代・市川団十郎が成田山・新勝寺(真言宗智山派)にご祈願に行き、
     二代目が生まれたそうです。
     荒事は不動明王につながっているとも言われますので、成田山にはご厄介になっています。

大栗:それで屋号が成田屋なんですか?

(真言密教の思考法に子供のころから接していた海老蔵は、個人としてではなく、
 歌舞伎の名門を継ぐ血の伝統を受け継いだ存在として、この人生を選んで生まれたことを語るのです。)

海老蔵:どうして日本がダメなのか、いろいろな理由があるけど、一つには
     みんなが限界までやろうとしないからなんじゃないかと思うんですよ。
     みんなメーターが振り切れていない。

茂木:でもそれは誰でもできることではないよ。

海老蔵:むしろ身近なことほど大事なのに。
     子供が生まれたとして、その子にどういう名前をつけるとか・・・
     それが、その子の一生に影響するんですよ。

名前の重み:

武士は元服し、幼名から実名に変えます。
歌舞伎では海老蔵を襲名することにより、個人の存在から、家の・・・
歌舞伎の歴史の存在として変容することを表わしています。

真言宗で得度することは、空海の弟子になるという、歴史的存在の一部になることです。


終わりに

リミッターを外す・・・それは多くの人と違う思考になるということです。

刷り込まれてきた常識が、リミッター(あなたの心を制限しているもの)なのですから、
これを外すには、龍を見る(超常体験をする)か、異文化の海外で生活するか、
仕事で追い込まれるか、行(実践的修行)によって今までの自分を越える、などの方法があります。

その体験を一人で、自らがリスクをかけて行うことでリミッターが外れるのです。

真言宗ではリミッターを外そうという人を・・・菩提心(覚りを求める心)を持つ人といいます。
シンボルとしてのバジュラ(金剛杵)を持つといい「金剛薩捶(こんごうさった):バジュラを持つ人」と呼びます。

そしてこれが完成すると、歴史の中の人間、宇宙意識の人「大日如来」になったと宣言するのです。

あなたもリミッターを外し、人類の歴史の中で生きてみませんか?