紀元前後から数世紀にわたりインド北西部のガンダーラ地方に発達した、
ヘレニズム風の仏教美術を言います。
古いものはギリシャの影響が色濃い。
この芸術は西域から中国に伝播して、飛鳥美術として花開きました。
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如来立像
納衣で輪郭を表わす |
如来座像
説法印で脇侍が円光の両側に |
如来頭部
螺髪(らほつ)と白ゴウ「第三の眼」が印象的 |
東京国立博物館は秘密の宝庫です。
来館者はみな満開のしだれ桜にカメラを向けていましたが、私の関心は飾られている品々です。 博物館に入って左に行くと、あふれる池のアプローチの奥に
近代的なコンクリート工法の法隆寺館があります。
一階の第二室には薄暗い部屋には、飛鳥時代の小金銅・観音像がケースの中に鎮座しています。
止利仏師の工房で作られたものです。
なぜこれらの中で、丸い珠を持っているものがあるのでしょうか? また、どれもこれも四等身や五等身なのでしょう?
N165の観音菩薩立像は両手で珠を持っています。(持宝珠印)
辛亥年(651年)7月10日に亡くなった笠評君(かさのこおりのきみ)のために
遺族が発願して作らせたと記されています。
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コンペイ
金銅製の独鈷杵に似た18,2センチの法具。
法隆寺館:第五室にある。
元はインドの眼病治療に使われた医療器具。密教に取り入れられ、
人々の無智を取り去り、覚り(心眼)を開くために使われる。
伝法灌頂では、この法具を眼に当てられてエネルギー伝授を受ける。 |
三鈷杵
古代インドの武器で、密教の法具として使われる金剛杵
(バジュラ=サンスクリット語・ドルジェ=チベット語)のひとつ。
密教では心中の煩悩を打ち砕く道具として使われる。
不動明王はこの三鈷杵の先が伸びた剣を持っている。
氣(念)エネルギーが剣として描かれているのだ |
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八重椀
響銅(さはり)製のお椀が八個重なったもの。
博物館では「食器」と言っているが・・・?
あまりにも「ドニパトロ=シンギングボウル」に似ている。
響銅(さはり)の合金はいまでも仏教の鳴り物・オリンの
材料として使われている。
密教では、師から数少ない弟子にしか秘密は伝えない
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金剛子念珠
水晶と菩提樹とガラス玉製。11世紀。
なぜこの当時から水晶という手に入れにくい素材で
作ったのだろう?
金剛子(菩提樹)もインドでしか手にはいらない。
氣(エネルギー)のパラダイム(思考法=世界観)なしには
理解できないのではないだろうか? |
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五鈷鈴
ガンター(サンスクリット語)ティルブ(チベット語)
全高18,5センチの室町時代の金剛鈴。
密教の修法では、鳴らして邪気をはらう。
諸尊を驚愕させ有情を警悟させる。
オン・バザラ・ゲンダ・トシャコク |
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愛染明王座像
本地は金剛薩?
衆生の愛欲がそのまま悟りであることを示す明王。
三目六臂で忿怒の相を成し弓矢を持つ。
恋愛成就の願いをかなえるとされる。
オン・マカラギャ・バゾロシュニシャ・
バザラサットバ・ジャクウン・バンコク
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軍荼利明王の印 胸の前で組む羯磨印は、
プロテクト・ムドラーとも呼ばれる。
オン・バザラ・キャラマケン |
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良源(慈恵大師912〜985)
平安中期の天台宗の僧。
呪力にすぐれ行基以来のなれなかった大僧正になり、
消失した延暦寺の復興に尽くした。
念珠を数えマントラ・ヨーガの行をしているところ。
数珠は失われている。 |
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密教観想宝珠形舎利容器 観るだけで覚りが開けるというシンボル。
ここに密教の秘密が山のように隠されている。
宝珠と蓮華と金剛杵。
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