仏教には変な教えがある。 死後に行く世界が本当の世界(浄土=pure land)で、
この世界が汚れた世界(穢土=dirty land)だというのだ。
ホント?信じられる? あなたが病気になったとき、ふと・・「このまま死んでしまうかもしれない」
という恐怖に駆られたことはないだろうか?
お金がないと、十分な治療もされずに死んでいくと・・心配する人のために、仏教の教えはある。
この教えを良く噛み締めて味わうと、理解し納得することができる。
死なない人間はいないのに、死を思うことを避けて、
生きていても生・老・病・死はいつかやってくる。
金持ちでも、有名人でも、差別なく。
私たちは、「長生きすることが良いことだ」と、多くの人から話を聞いてきた。
その気持ちは無意識の中に、こびりついて拭い去ることが出来ない。
仏教ではこの状態を「煩悩(worldly desier=社会的価値観)に薫習(imprint=刷り込み)されている」という。 死なない人間はいないのに、この世に執着する教えを刷り込まれてきたのだ。
幸せになるには、この刷り込みを一回手放してみることが大切なる。
昔、取引先の会長さんが亡くなり、キリスト教の教会の葬儀に出席したことがある。
私は、牧師さんが、「Nさんは、天国に召されました。」という言葉を聞いて驚いてしまった。
「え〜、召される・・Nさんは死んだんじゃないの?召されるって・・呼ばれるって言うこと?」 思考方法をいままでの価値観から大きく変えることを、パラダイムシフトという。 自力で生きているという視点から、
召されるまで・・・お役目を与えられこの世で生かされている・・・という視点に切り替える。
この宗教的パラダイムシフトをすると、心が自由(Free your Mind)になるのだ。 分別(社会的価値観に基づいたジャッジ)しなくなるのだ。 これが仏教の、そしてキリスト教の変な教えなのだ。
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