〜〜〜〜ダヴィンチ・コードより抜粋
ラングドンは、突然ハーヴァード大学の授業の記憶がよみがえった。
美術における象徴という授業で、壇上に立って自分の大好きな数字を黒板に書いているところだ。
1, 618 ラングドンは振り返って、教室を埋め尽くす熱心な学生たちへ顔を向けた。 「誰かこの数字について説明できるかい?」 後方の席にいる数学専攻の学生が手を挙げた。 「PHI黄金比です。」 ・ ・・中略・・・ スライド映写の準備を進めながら、ラングドンは黄金比が「フィボナッチ数列」から
導き出せることを説明した。
1・2・3・5・8・13・21・34・55・89・144・233・377・
610・987・1597・2584・・・・
その数列は隣り合う二つの項の和が、次の項の値に等しいことで名高いが、
隣り合うふたつの項の比がある数へ近づいてくるという性質も持っている。
その数こそ黄金比、すなわち約1、 618だ。
その摩訶不思議な性質についての数学的な解明はさておき、
まさに驚嘆すべきは、黄金比が自然界の事物の基本的な構成に深くかかわっていることだと、ラングドンは説いた。
植物や動物、そして人間についてさえも、さまざまなものの比率が不気味なほどの正確さで対1に迫っている。
「黄金比は自然界のいたるところに見られる。」ラングドンはそういって照明を落とした。 「偶然の域を超えているのは明らかで、だから古代人はこの値が万物の創造主によって定められたに違いないと考えた。
いにしえの科学者はこれを『神聖比率』と呼んで崇めたものだ。」
「待ってください」最前列の女子学生が言った。
「私は生物学専攻ですけど、自然界でその神聖比率とやらに出会ったことがありません。」
「そうかい」ラングドンはにっこり笑った。
「ミツバチの群れにおけるオスとメスの個体数の関係について学んだことは?」
「ありますよ、メスの数は常にオスを上回ります。」 「正解。では世界中どのミツバチの巣を調べても、メスの数をオスの数で割ると、
同じ値が得られることを知っているかい?」
「えっ?」 「そう、黄金比になるんだ」 女子学生は大きく口を開けた。 「信じられない」 「ほんとうなんだ」 ラングドンは言葉を投げ返し、微笑みながら巻貝の殻のスライドを映写した。 「これがなんだかわかるかね?」 「オウムガイです」 生物学専攻の女子学生が答えた。 「軟体動物の頭足類で、殻の中の隔室へ気体を送り込んで浮力を調節します」 「そのとおり、どこであれ、この螺旋系の直径は、それより90度内側の直径の何倍になるか想像できるかね?」 女子学生は不安げな表情で渦巻く殻のカーブを見上げた。 ラングドンはうなずいた。 「黄金比だ。神聖比率。1、618対1」  女子学生は目を丸くした。
ラングドンは次のスライドへ移った。
ひまわりの頭花を拡大した映像だ。
「ここでは逆方向の螺旋がいくつも渦巻いて並んでいる。
それぞれの渦巻きを、同様に90度内側と比較したときの直径の比率は?」
「黄金比?」 全員が口をそろえた。 「ビンゴ、大当たりだ!!」 それからラングドンは次々スライドを入れ替えた。
渦上に並んだ松かさの鱗片。植物の茎に葉がつく配列、昆虫の体の分節――
すべてが驚くほど忠実に黄金比を示していた。
「こいつはびっくりだ!!」誰かが叫んだ。
「なるほど」他の学生が言った。
「でもこれが芸術とどんな関係があるんです?」 「そう」ラングドンは言った。「いい質問だ」 スライドをもう一枚映す。 黄ばんだ羊皮紙に、レオナルド・ダヴィンチによる名高い男性裸体画が書かれている。 〈ウィトルウィウス人体図〉 「ダヴィンチは人体の神聖な構造を誰よりもよく理解していた。
実際に死体を掘り出して、骨格を正確に計測したこともある。
人体を形作るさまざまな部分の関係が、常に黄金比になることを、初めて実証した人間なんだよ」
教室内の全員が半信半疑の面持ちを見せた。 「信じられないとでも?」ラングドンは強い口調で言った。
「今度シャワーを浴びるときは、巻尺をもって行くと良い。」
数人のフットボールの選手が笑いをかみ殺した。 「肉体派の諸君だけじゃなくて」ラングドンは続けた。
「君たち全員がだよ。男も女もやってみるんだ。
まず頭のてっぺんから床までの長さを計る。次にそれをへそから床までの長さで割る。答えはなんだと思う?」
「黄金比のはずはない?」フットボール選手の一人が思わず叫んだ。 「いや、黄金比だ」ラングドンは答えた。 「1、618。他にも例をあげようか。肩から指先までの長さをはかり、それを肘から指先までの長さで割る。
黄金比だ。
腰から床までの長さを、ひざから床までの長さで割る。これも黄金比。
手の指、足の指、背骨の区切れ目。黄金比、黄金比、黄金比。
君たち一人一人が神聖比率の申し子なんだよ」
暗がりではあったが、全員の愕然とした様子がわかった。
ラングドンはいつものあたたかい感情が湧くのを感じた。
これだから教えるのは楽しい。
「見ての通り、混沌とした世界の底には、秩序が隠されている。
太古の人々は黄金比を見出したとき、神の創りたもうた世界の基本原理に出くわしたと確信し、
それゆえに自然を崇拝した。・・・・・・」
・・・中略・・・ 続く30分、ラングドンはスライドによって、ミケランジェロ、ダ・ヴィンチなどが
黄金比によって描かれている事を実証した。
ギリシャのパルテノン神殿、エジプトのピラミッドの建築物はいうに及ばず、
ストラディヴァリウスのバイオリンが作られたときには、f字孔の位置も黄金比を元にして決められた。
「おしまいに」ラングドンはそういって黒板に歩み寄った。
「象徴の話へ戻ろう」
五本の線を交差させて、頂点が五つある星型を描く。 「この記号は君たちが今学期もっとも強烈な印象を受けるものの一つだ」
「五芒星と呼ばれたこの記号は、さまざまな文化圏で、神聖で魅力的なものとされている。
その理由がわかるものは?」
数学選考の生徒が手を挙げた。 「出来上がる線分同士の比が、黄金比と一致するからです」 「いいぞ、五芒星のすべての線分は互いに黄金比の関係をなすので、このしるしは神聖比率の究極の表現だといえる。
だから五芒星は女神や聖なる女性と関係づけられ、美と完全性の象徴であり続けた。」
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