高野山真言宗において得度し、僧侶としての道を歩みだそう、
そう思ったきっかけは、27歳の従弟の死にあります。
今年(2008年)の3月9日に亡くなったのですが、
その死因は、哀れとしかいいようのないものでした。
早い話が癌なのですが、遺伝子の組み合わせによって起きるもので、
若くして発症、あっという間に進行して死んでしまう、という、
医者の言葉を借りれば「事故にあったと思うより他ない」
そんな病気で、早期発見さえままならない、
治る確率は1%あるかないか、という死病でした。
この1%の確率を念じ、親族一同何かに縋り、
祈る対象を見出しては祈っていたものです。
私も祈願したわけですが、その対象はたった一つでした。
不動明王への息災護摩です。
これは、真言宗に縁の強い人間としては当然の選択でした。
ただ、他の親族とは少し違った祈り方をしていたものです。
「どうか我々全員に、利益のある結果を下さい。」 この祈りが聞き届けられた、と私は信じています。 さて、この護摩による祈願において私が感じたことは、
「人任せにしなければ護摩も出来ない自分が不甲斐ない」
ということでした。
仏教、密教に関する知識が全くなければ、
あるいはそんなことを思わずに済んだのかもしれませんが、
自分が好きで、興味ある分野においては、
「人任せ」というのは、私には我慢ならないことなのです。
だからこそ、観客で収まっていられずにオペラ歌手になったし、
演技の勉強をするのに落語を聴くことを勧められましたが、
好きになったら自分でやらずにはいられないので、
「船場家ぼんち」の名前で素人落語も始めたわけです。
そのような性質から、出した答えは
「真言宗の僧侶になる!」でした。 真言宗や天台宗など、密教系の宗派というのは、
実のところ、出家しない人間は何も教えてもらえない宗派です。
哲学的なこと(教相)はある程度教えてもらえますが、
実際に宗教的な実践(事相)は、阿字観など、多少の例外を除いて、
出家して初めて教えられるのです。
さて、そのようなことが背景となってたどり着いた得度です。
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